雨龍研究林 技術職員の原です。2024年9月3日から6日の日程で、筑波大学山岳科学センター八ヶ岳演習林で開催された森林生物学実習に参加してきました。
筑波大学八ヶ岳演習林は、高原野菜で有名な長野県の野辺山に所在します。最寄り駅は小海線の野辺山駅です。野辺山駅はJRで、最も標高の高い駅です。9月の初旬の本州は、暑いのではと覚悟していましたが、野辺山は標高が高いため気温は北海道とあまり変わらず、夜は肌寒いくらいでした。
初日は、ヘルメットが配られ、安全講習がありました。落雷への注意やハチ、ヘビ、マダニと行った動物に関する注意を確認しました。
実習中の夕ごはんと朝ごはんは自炊でした。初日の夕ご飯は「自炊と言えば、カレー!」。しかし、米が手に入らず、ご飯のかわりにパスタを主食とし、コメ不足を実感しました。しかし、サラダは野辺山産の高原レタスやいただいたインゲンマメを使うなど、美味しくいただきました。
20時30分から夜の講義。翌日の予習です。今回の実習の目的は、森林の樹木の見分け方や同定方法を学ぶことと、実際に演習林で採取した植物の標本を作製することです。清野達之先生から標本の作製方法の講義と、八ヶ岳周辺の植生について、カンバを例に学名の見方や、同属樹種で標高や土壌といった条件によって分布が変わることを学びました。そして翌日以降の実習では、実際に山を歩きながら分布を観察します。
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
2日目(9月4日)は、まず、川上演習林に樹種同定と植物採取に向かいます。川上演習林は1360~1790mと標高差がある演習林です。標高約1540mまで車で登り、実習スタート。まずはそこから林道沿いにさらに歩いて登っていきます。主要樹種ミズナラやブナ、カエデ類。私の所属する雨龍研究林のある北海道の北部に比べ樹種数が多く、特にカエデ類は多くてなかなか覚えるのが大変。林道沿いを歩いていくと川があり、そこに近づくにつれて、土壌が湿潤な場所や川が引き起こす攪乱を好む樹種へと植生が変わっていくのが分かります。そのコントラストを実感しながら歩きました。
尾根伝いに山を下ります。すると、今度は標高の違いで樹種構成が変わっていきます。前日に学んだカンバを例にすると、標高の高いところではダケカンバが主だったのが、降っていくにつれて、シラカンバやヤエガワカンバの生える森になります。ヤエガワカンバは、このあたりの本州中部山地と北海道の足寄周辺に隔離分布する珍しい樹種です。葉は、シラカンバにそっくりですが、樹皮がごつごつしており、シラカンバの平滑な樹皮と比べると一目瞭然です。
今回の実習のメインは樹木同定ですが、森林生物学実習ということで生物のついても学びます。北海道でも大きな問題になっている、シカの食害。特に、針葉樹では、ウラジロモミ、広葉樹では、リョウブやミズキが好まれて食べられているそうです。見事に樹皮を食べられてしまったミズキがありました。このように幹の周り一周、「環状剥離」されてしまうと、枯死に至る可能性が高いのです。シカの食害は全国各地で問題となっています。
そしてなんといっても、2日目午前のクライマックスはヤマネ!八ヶ岳演習林では天然記念物であるヤマネの生態調査もしており、ヤマネの巣(寝床)を見せてもらうことができました。
ヤマネの巣箱をおそるおそる覗くと
いました!ヤマネです。小さいからだに大きな目でした。学生たちも私もテンションが上がってしまい、寝ていたヤマネを起こしてしました。ヤマネは夜行性で、巣は同じところではなく、毎日のように変えるそうで、このような巣箱を用意しておくと、自分でコケや木の皮といった巣材を持ち込んで使ってくれるそうです。
2日目の午後は、八ヶ岳演習林で樹種同定と標本採取を行いました。八ヶ岳演習林は、川上演習林と比べると標高が低く湿地が分布するエリアのため、川上演習林とはまた、異なる樹種構成の森林です。湿地林のなかには、定期的に毎木調査を行っているエリアがあり、木の成長や入れ替わりなどモニタリングされています。
湿地以外の中部地域の比較的標高の低い森は、シラカンバやミズナラの広葉樹の二次林で、北海道の植生に似ていましたが、ヤエガワカンバやヤマハンノキ(雨龍研究林でよくみられるのはケヤマハンノキ)、クリといった樹種が森を構成していました。
2日目の締めは、演習林の近くにあるヤツガタケトウヒを見に。ヤツガタケトウヒの個体数は5000本程度と言われ、絶滅危惧種です。樹皮など、アカエゾマツに似ています。個体数が少ない上に、単木的な生育なので交配が難しく、種の保全が課題であると感じました。
ヤツガタケトウヒを見学して、宿舎に戻りますが、2日目の実習はこれで終わりでありません。宿舎に戻ったら、今日1日集めた樹木の枝葉のさく葉標本づくりを行いました。あの牧野富太郎氏をモデルにした朝ドラでもおなじみの新聞紙に挟まれた押し葉のようなものです。
柵用標本の提出がこの実習の課題でもあるので、学生たちは真剣に取り組んでいました。山からとってきた枝葉は水分を含んでいるので、標本を挟んだ新聞紙の間にも吸い取り紙として新聞紙を挟み、押しつつ、枝葉の水分を取ります。きれいな柵用標本をつくるこつは、こまめに吸い取り紙を変えること。きちんと作ると半永久的に保存することができるそうです。清野先生が学生時代に作成した標本を見せていただきましたが、きれいに保管されていました。
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
3日目(9月5日)は、八ヶ岳連峰に標高2,127mを通る麦草峠へ。このあたりの森は、コメツガ、シラビソ、オオシラビソ、チョウセンゴヨウ、ハイマツ、といった、針葉樹をメインに、ダケカンバ、ネコシデ、ナナカマドが混交する森です。ここでは、特に針葉樹をメインに、標高や土壌等の条件の違いによる植生の違いを観察しました。
午後からは、白駒池の周辺の森を見に行きました。少し森を見て、引き返す予定でしたが、学生さんの一声で、白駒池をグルっと1周しました。1周1時間くらいでしょうか。苔と原生林が広がる神秘的な森を観察しながら、歩きました。登山が趣味の私としては、実習でこのようなフィールドに来られるのは羨ましいなと思いました。
最後の夕食は、ジンギスカン+ジビエ。長野県は北海道に次ぐ、ジンギスカン大国とのこと。羊(ラム)だけではなく、豚、ジカ、イノシシのジンギスカンをいただきました。
夕食後も、実習は終わりません。学生さんたちは2日目に作成した、柵用標本の吸い取り紙の交換や明日、最終日に行われる樹木同定の試験のための復習をします。私もさく用標本作りを体験しましたが、北海道まで持って帰れないので、学生さんたちの復習用に使ってもらいました。
4日目(最終日、9月6日)は、樹種同定の試験を行って実習終了です。試験は、2日目に採取してきた枝葉と、3日目に白駒池周辺で見てきた樹木の写真の樹種同定です。皆、優秀な成績でした。
最後に4日間お世話になった宿舎の掃除を行って、解散です。
なかなか行くことができない、筑波大学の八ヶ岳、川上演習林の森や八ヶ岳白駒池周辺の亜高山帯の森を歩くことができ、いい経験をさせていただきました。今回の実習は自炊だったので先生や学生たちと一緒に調理し、食事をするなど、筑波大学の学生と交流することができ、楽しい時間を過ごすことができました。清野先生をはじめとする八ヶ岳演習林のスタッフの皆様、筑波大学生の皆様に感謝です。ありがとうございました。